大島弓子1973年の作品。彼女の描くマンガの絵柄はデッサンも狂っていて一見下手に見えるのですが、実は非常に上手い。花びらの舞い散る昭和時代の少女漫画の典型ではありますが、物語自体はいつも一癖も二癖もあり一筋縄ではいかない内容ばかりです。
ジョカへあらすじ
『ことのおこりは 花びらの乱舞する7年まえの春』でこのドラマは始まります。シモンは早くに両親を亡くし、叔父の家に引き取られ、その一人娘ジョカと一緒に暮らしています。
ジョカの両親は科学者であり、ある時ジョカの父は偶然『急に力持ちになる薬』を作ってしまいます。シモンとジョカは将来を約束しあう仲。
ちょっとしたことがきっかけでジョカを争ってシモンと優等生ジャン・クロード・ゾラが決闘することとなってしまいます。
シモンが負けることを心配したジョカは、父親が発明した『急に力持ちになる薬』を持ち出してシモンに飲ませます。後でわかったことなのですが、それは性転換してしまう薬だったのです。
男であり、同時に女であるこの世の客、ソランジュ
シモンはDNAがXXになってしまったため急遽イギリスの知り合いの家に預けられ、そこで死んだこととし、名前もソランジュと改名します。
ジョカはなぜ別れなければならなかったのかも分からず、その届いた死の知らせも受け入れることができずずっとシモンを愛し続けています。
が、高校生の時、ついにずっと自分を愛し続けてくれているジャン・クロード・ゾラと結婚することを決心します。そこへふたりを祝福するためにシモンは、赤の他人『ソランジュ』として帰ってきます。
『金髪だった髪を 銀白色に 青かった目を翡緑色に 見よ この3つにも4つにも折りたためそうな柔軟な体 細い腕 だれが これをむかしのシモンとわかるだろう』ジョカとジャン・クロード・ゾラの前に現れた長い髪のソランジュの中性的な妖しい美しさ。
彼(女)はただジョカの幸せを見るために戻って来たのに、彼女の出現がジョカとジャン・クロード・ゾラの関係を壊していきます。全編を通して彼女の美しさを堪能してください。
ジャン・クロード・ゾラとピエロ
優等生ジャン・クロード・ゾラもまたずっとジョカを愛していました。そしていつもシモンにからかわれていましたが親友でもありました。彼もシモンが大好きだったのです。
そして同じく親友のピエロ。眼鏡をかけたそばかすだらけの彼はSFが大好きで、宇宙飛行士になるのが夢だったシモンといつも語り明かしていました。
このピエロはソランジュと一緒にプラネタリウムに行きます。興奮して大慌てでプラネタリウムから帰ってきたピエロはジャン・クロード・ゾラに言います。
「あれはシモンだ」と。
ソランジュと一緒にプラネタリウムへ行ったピエロは、女性とのデートなど初めてなので緊張してどうしていいのかわからず、昔友達だったシモンの話をしていました。
そしたら隣には黙って天井を見上げているソランジュしかいないのに、「うんうん」とシモンの声が聞こえてきたと。
彼は確信します。「理由があって黙っているのだろうけど、あれはシモンだ」と。ピエロの少年のままの純粋性が泣かせます。
彼はシモンが死んだ後もずっと新しいSF本が出るとそれを持ってシモンの家の前で待っていたのです。
シモン、ジョカ、ジャン・クロード・ゾラ
ピエロの告白を立ち聞きしてしまうジョカ。彼女もだんだんソランジュの存在に疑いを持ち始めます。
一方ジャン・クロード・ゾラは、美しいソランジュに徐々に惹かれていってしまいます。そのことも分かってしまったジョカ。
彼女は彼をソランジュに譲ろうと身を引きます。ジョカに、自分を愛しているような仕草を見せたジャン・クロード・ゾラに怒ったソランジュは罠をしかけます。
ジャン・クロード・ゾラを誘惑し、聖堂で接吻するところにちょうどジョカが来るように。その瞬間を見てしまったジョカは逃げ出します。
それを追うソランジュ。誘惑したのは自分の方だと許しを請います。「何でもするから」と。それに対してジョカは言います。
「髪を切って 私がいいと言うまで」ジョカの前で、皆の前で許しを請いながらナイフで髪を切っていくソランジュ。そこに現れたのはシモンの姿でした。
ギリギリで保たれていたバランスは崩れ、悲劇は起こる
そこへ駆け込んでくるジョカの母親。ジョカの両親はシモンの事件以降何とかしてシモンが元に戻る薬を作り出そうと研究を重ね憔悴しきっています。
ジョカの母親の第一声が「シモンは…っ?」また重体のジャン・クロード・ゾラはジョカに必死で言います。
「薬のせいで」「あれはシモンだ」と。
それらを聞いたジョカは初めて「まさかあの薬のせいで?」と原因に行きつきます。そんな時家で待っていたジョカの父親のもとに研究所から、性転換の薬が作れるかもしれないとの朗報が舞い込みます。
しかしフラフラと起き上がったシモンはこの惨状を見て病院にあった薬品類を次々と飲み込んで自殺を図ります。
輸血のため同じくふらついているジョカがそれを見つけ、自分も薬を飲み倒れます。胃洗浄が早かったので一命はとりとめたものの二人とも意識不明で眠り続けています。二人で昔の夢を見ている今が一番幸せな時なのかも…と。
ただただふたりが目覚めて、シモンも男に戻れて、幸せになれることを願うのみです。
白黒でなされる画の美しさ
ソランジュが初めて学校に現れるシーン。
女学生の制服を着、腰までありそうな銀白色の髪。
黒色を背景にすっと立つ彼女の美しさ。
また、ジョカにジャン・クロード・ゾラとの接吻シーンを見せ、逃げていくジョカを追いかけるシーン。
髪をナイフで切るシーン。
そこから現れるシモン・フェルディエール…。
プラネタリウムの黒の星空を背景にくっきりと浮かび上がるソランジュの端正な横顔。
欧米のコミック類は全カラーなのに対して日本のマンガは基本白黒ですが、白黒だからこそ浮かび上がってくる美しさがあります。
余計なモノをすべて削ぎ落とした能楽に連なるような、冴えわたり、鳥肌が立つほどの美。ピンと張り詰めた空気まで感じられます。