舞台は天下泰平・元禄繚乱。波瀾万丈道中が見逃せない「鬼縛り」

鬼縛りのあらすじ

井川香四郎の描く書き下ろし時代小説、天下泰平かぶき旅です。

江戸時代の中でも最も平穏で穏やかだったとされる元禄、泰平の時代での物語になります。天下泰平という名の素浪人が出てきます。本名なのか疑ってしまうような名を名乗っている素浪人が謎を秘めているお藤という女に唆されて東海道を西へと向かっていきます。

財宝を求めて移動する先々で出会うのは悪徳役人に苦しめられて生活している庶民たち、いつの世でも権力を持ってのし上がる悪党はいるもので。

それを見て、泰平には槍の名人や大店のどら息子などの味方も加わって気が付けば結構な集まりとなって人助けをしながら旅をする事になります。その道中の出来事を楽しむ読む事ができます。

答えた名前は天下泰平。一攫千金を狙わないかと唆されて選択した気持ちを読む。

日本橋川近くに店を構えている両替商『伊勢屋』の離れで主人の儀右衛門が上座に座る素浪人に五十両もの大金を差し出します。

何事かと思えば刀の腕前も凄いのですね、と褒め称え自分を守ってほしいと懇願します。金が不足ならばもう二十五両上乗せします、と本気なのだと分かる場面です。どこで自分を知ったのかと思えば儀右衛門の横に座っているお藤という妖艶な女が素浪人の凄さを見ていたのだと分かります。

ここでお藤と素浪人の会話が随分と辛辣に聞こえますが他人の喧嘩に首を突っ込んで自分がとばっちりを受けたくないと言うお藤の意見には納得してしまいます。余程、自分の腕に自信がなければ助太刀や横槍などできるはずがありません。結局、儀右衛門が出した金はお藤の用心棒代にしてもらうと言って素浪人は雇われの身になります。

そこで名前を聞かれて本名を告げる気はないのか天下は泰平になっているのだから天下泰平という事で、とふざけた事を言いながらもそれで納得してしまう儀右衛門も面白い人間だと思わせてくれます。この後、お藤から伊勢屋の事を聞きお宝さがしをしてほしいと持ち掛けられる悪代官の内緒話のような会話が堪らなく心を揺さぶってくれます。

天下泰平とあぶの文左による天下御免の鬼退治。土砂降りの中での真剣勝負を読む。

物語の中盤で天下泰平の傍には奇妙な仲間ができ始めます。

土砂降りの中、ならず者たちをかき分けて姿を見せる代官の小林と銀蔵。泰平と文左に縛に付けと言って来るのにその言葉をそのまま返すと言う泰平は格好いいです。

文左を自分の子分だと言って面白がっている泰平に小林は面白くありません。斬り込んでくるヤクザ者たちでは当然相手にならずあっという間に蹴散らされて小林は助っ人に頼みます。

現れたのは槍の使い手である河田正一郎、すぐに正一郎と泰平が戦いを始めます。何故邪魔をするのか、と代官を斬ったところで解決しない、と言いながらも押し合いは止まりません。

内偵をしていると言う正一郎にその場を任せて泰平は一瞬の隙を付いて逃げ出し、その先にいた小林と銀蔵を斬ってしまいます。

斬りたくないけど斬らないと救えない奴もいるのだと言う科白に悲痛を感じます。後の事は任せると言って去る泰平を正一郎はどう思って見送るのか、その心境が気になる展開です。

泰平の只者ではない一面を読む。武家駕籠に出くわした事で見せた泰平の落ち着きを分かった時。

小田原城下を歩いていた泰平の隠された一面が読める場面です。

終盤でぶらぶらしていた泰平の元に文左が現れてお宝は見付からなかったのか、と聞いてきます。肝心な時に逃げだしたくせにと睨む泰平は文左と並んで再び城下を歩くのに不正の臭いがすると言います。文左は馬糞の匂いだと笑うのに下を見れば文左が馬糞を踏んでいて、もう歩けないと言うのに先に歩く泰平は止まらなくて追い掛けます。

表通りに出たところで武家駕籠とぶつかってしまい馬糞が淵に付いてしまい慌てます。このままでは文左が無礼討ちにされてしまう、というところで泰平が出てきて自分の小者なので許してほしい、といって自分は若年寄の巡見使だと告げます。

その身分に武家駕籠に乗っていた家老も許してしまい、泰平は堂々とした態度で城の方に歩いていきます。後ろから見ていた文左は貫禄のある後ろ姿だと納得します。そんな嘘も方便だというやり取りが冴える一場面です。

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