大法螺吹き同心の軽妙な人情裁き「恋の橋、桜の闇」

恋の橋、桜の闇あらすじ

井川香四郎の手掛けるシリーズのひとつです。

南町奉行所の筆頭同心でありながら出仕するのが大嫌いで大法螺吹きな近藤信吾がこの作品の主人公です。物語は老中・越智但馬守が下城の途中に鉄砲で撃たれて襲われる事件が起きた事から始まります。

緊縮政策を推し進める事に不満を抱いている脱藩藩士か浪人の仕業と思われて、近藤は水戸藩にゆかりのある町道場『有志館』が怪しいのだと睨んで、その道場に乗り込んでいきます。シリーズ作品としては長く続いていますが一作ずつ読み切りとしても楽しめます。

やる気はなくても筆頭同心なだけあって優秀な近藤の活躍を読めます。

物語の始まりは老中の暗殺未遂から。江戸を震撼させた事件に迫る。

時代小説なので夜になれば当然、灯りもない暗闇になるような時代なので夜の犯行は分かります。

そこで行われる犯行の中には暗殺という恐ろしいものもあるわけで今回の物語の始まりはその暗殺から始まります。本命にあたる老中を暗殺するには至らなかったわけで未遂で終わったのですが犯人は実しやかに囁かれています。

水戸藩にゆかりのある町道場の仕業ではないかと、近藤信吾も探索していますが真実は分からないままに過ぎていきます。虱潰しに下手人を探す近藤信吾は見た目こそ頼りなさそうに見えるかもしれないけど筆頭同心で頼りになる仲間も大勢いる人。その信吾の人情裁きを読む事ができます。

始まりがお偉いさんである老中の暗殺未遂だったので市民たちも面白おかしく噂をしていくのもありそうな感じで納得しながら読み進める事ができるのが魅力のひとつです。

信吾と八朔の会話を読む。付き合いに何とも言えない面白さが見え隠れ。

物語の中盤で帚星の件が出てきます。

今の時代でも大騒ぎになりそうな彗星が落ちてくる事が情報もはっきりしていない江戸時代で前もって分かったらパニックになるのは必至。今のような技術のない時代に彗星落下を予測していた天文学者は凄いな、と思いつつ庶民からは反感を買っていただろうなと思える場面です。

そんな中、信吾と八朔もその話を交わします、彗星の軌道を少しでも早く計算して奉行に報告しないといけない、と躍起になる八朔を心配する信吾。それでも信吾は奉行を胡散臭くて好きになれないと陰口を叩きます。

いつの時代も上司の陰口を漏らしてしまうのだなと好感が持てます。落下予測が後五日後だと聞いて慌てる信吾に庶民たちもどこか面白がるように慌てている場面が印象的です。

栄吉を止める信吾。そこから明らかになっていく真相を読む。

毒を飲まされたと言う栄吉の話を信吾が聞きます。

毒を飲まされたけど鮫三に助けてもらったのだと聞いて信吾は横たわっていた鮫三に水をぶっかけて目を覚まさせます。ただ栄吉が飲んだものがどうして毒だと分かったのかという問いに何度か使った事があるからだと答えます。その返事は栄吉が人を殺した事があるのだと告白しているようなものだから。

それを告白したのも信吾が相手だからと言いました。その強い信頼の証が好ましいです。一度体内に入ったらどんな解毒も効かないという毒を扱っていたという事は本当に恐ろしく暗殺用だと言われても納得できてしまいます。

そんな毒を持っている人間が巷にいるのか、という問いにも生薬屋に行けばある程度は揃うという答えも怖いものがあります。蘭方医の八朔に診てもらうように言って事件の解決に向かう信吾の実直さがやる気がなくても筆頭同心なのだなと思わせてくれる場面です。

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